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新玉名駅周辺探訪の続き【吉利支丹墓碑など】(玉名市)
2011 / 04 / 13 ( Wed )
玉名市の「伊倉南北両八幡宮」に立ち寄った後、移動中に気になる看板を発見しました。

「吉利支丹墓碑」と書いてありました。
もう一つ「唐人舟つなぎの銀杏」という看板もありました。

どちらも気になったので、ちょっと寄ってみることに。
キリシタン墓碑を県北地域で見るのは珍しいのではと思ったのです。

吉利支丹墓碑1

結構きれいに整備されています。
車を停め、さっそく階段を上がってみると、まずは説明板があります。

吉利支丹墓碑2

玉名市のホームページで補足すると、
この墓碑は、慶長(16世紀)前後のものと推定され、伊倉町で布教につとめたバテレン(カトリックの宣教師)の墓です。
ちょっと前の1566年には玉名市の高瀬で、宣教師のアルメイダがキリスト教を布教したということなので、その後を継いで活動した宣教師なのでしょう。アルメイダは熊本でいうと、天草での布教活動が知られています。
長さ57センチ、底巾35.5センチの大きな蒲鉾形をしており、前面の凸出した縁どりの中央に花十字の十字架が刻まれています。明治初年まで土中に埋められていましたが、その位置方向、形状は当時のままでした。また、蒲鉾形式の吉利支丹墓は全国的に珍しく、歴史的に意義深く、学術資料として貴重なものだそうです。
(ほぼ市役所のホームページから引用)

で、現物がこちら。

吉利支丹墓碑3

蒲鉾形式の吉利支丹墓がどのくらい珍しいかは分かりませんが、長崎には国指定史跡となっているお墓もあります。(それだけに立派ですが)
貴重なだけに、厳重に囲いがしてあります。

吉利支丹墓碑4

つい、自然に手を合わせてしまいました。
とても美しい形をしています。安山岩だそうです。

吉利支丹墓碑5

これが花十字の十字架です。
丸に十字のカタチに見えますが、花十字(花弁を4枚組み合わせて十字をつくる)なんでしょう。
長い年月の経過を感じます。

たしかに交易が盛んな土地だったので、キリスト教も自然と入ってきたのかもしれません。玉名でもその後の弾圧の時代を経ているんだと思うと、感慨深いものがありますね。

唐人船つなぎの銀杏

最後にこれは「唐人舟つなぎの銀杏」です。
工事中のようで、近くには行きづらく、秋に再訪できればと思います。
樹齢800年の大銀杏。貿易船(唐船)がここにつながれていたということなんですが・・・。
昔はもう少し小さく、つなぎ易かったんでしょうね。


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by: * 2011/04/18 12:35 * [ 編集] | page top↑
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