久しぶりに石像の仁王像に出会いました【伊倉南北両八幡宮】(玉名市)その壱
2011 / 04 / 05 ( Tue )
九州新幹線の開業を記念し、新玉名駅周辺の魅力を探していますが、今回はちょっと離れたところにある「伊倉(いくら)南北両八幡宮」に立ち寄りました。

この神社は、「伊倉北八幡宮」「伊倉南八幡宮」の2社が道を挟んで並んで建っているんです。
玉名市のホームページによると、
路を挟んで南北に神社が仲良く並んでいる風景が珍しい。玉名郡司日置(へき)氏の荘園を宇佐八幡宮が買得し直接経営したことに始まり、中世に行われた下地中分線を境に南方、北方に別れました。春と夏に行われる恒例の祭りの中に、節頭馬追いや練り嫁行列があります。
と説明されていました。
“仲良く並んでいる”という表現がちょっと気になりましたが、別サイトによると“仲が悪いらしい”なんてことも書いてあります。

そんなことはおいといて、まず「伊倉南八幡宮」に行きました。

伊倉南八幡宮1

駐車場に車を停め、まず目に飛び込んできたのが仁王像です。
久々で、しかも予期せぬ出会いだったのでちょっと嬉しくなりました。

伊倉南八幡宮2

なかなかの石像です。(向かって右の「阿」)

伊倉南八幡宮3

この石像の台座部分に碑文があります。(以下原文どおり)

奉献
天保六年伊倉南八幡宮隨兵家の内田新三郎寄進の当宮守護仏で肥後最大の石造仁王尊
神仏分離令で一時カジヤ町裏天神社に移したが内田家八代太郎氏夫妻祖先の意を体し昭和四十年八月八日氏子の請願と協力により旧の如く当社頭に鎮祭したもので開運の神様として信仰が厚い
宮司 東 弘典記


「天保六年」とあるので、今から170年ほど前(1835年)に造られた仁王像です。
確か坂本龍馬も天保6年生まれ・・・なんとなく時代が想像できます。
昔は神様も仏様もごっちゃになっていたので、「当宮守護仏」だったそうですが、今考えると不思議な感じがします。
「肥後最大」とあるのがすごいです。他と比べた(調査した)結果だと思うので、石造の仁王像が他にどこにあるのか教えて欲しいと思いました。
「カジヤ」は「鍛冶屋」のことだと思いますが、画数が多かったのでカタカナ表記になったのでしょう。
この仁王像はいろいろとあったそうですが、今では「開運の神様」として信仰されているようです。
(結局神様?)

伊倉南八幡宮4

こちらは「吽」のほう。(向かって左側)
左手が欠けているのが残念ですが、迫力は十分。

伊倉南八幡宮5

後に置いてあった“これ”、おそらく欠けた左手の一部だと思われます。
早く元に戻してほしいです。
(仁王像の声が聞こえてくるかのようでした)

伊倉南八幡宮6

伊倉南八幡宮7

境内には見事な大樟もあります。
樹齢400年以上で、精霊が宿っているとされています。
「雷神木」と称されているとありましたが、由来は不明。
(社殿に関係のありそうなものがありましたが・・・)

まだ境内に入っていないんですが、久々の仁王像だったこともあり、説明が長くなってしまいました。
社殿等の紹介は、次回に。
(結構時間もかかるんで、すいません)







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