スポンサーサイト
-- / -- / -- ( -- )
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
九州の人気ブログランキングへ

スポンサー広告 | page top↑
やっと石人と出会うことができました。【武装石人/下井手八幡宮】(荒尾市)
2010 / 03 / 14 ( Sun )
年度末のせいか、何やらに忙殺される日々が続いています。
もはや気力勝負の世界・・・。
それでも、私の寄り道グセは収まることはなく、自分で自分の首を締めあげている状態です。

そんな中、何度か挑戦して、なかなか出会うことができなかった「石人」についに対面することができました。
荒尾市の「下井手八幡宮」の境内にあるこの「石人」は、神社と接する「三の宮古墳」のものと考えられているが、はっきりとしたことは判ってないようです。

下井手八幡宮1

遠目からも、何やら“ありそうな”雰囲気を感じます。
地図で確かめていなかったので、とにかくこの森を目指して車を進めました。
(何度も行ったり来たりしながら・・・)

下井手八幡宮2

巨木に囲まれた、まさに“鎮守の森”という印象を受けました。
ここに「石人」がいるかと思うと、ドキドキです。(大げさですが)

下井手八幡宮3

社殿です。
いたって普通の建物ですが、耐震補強工事(つっかえ棒)が施されていました。
結構歴史が古いのかもしれません。
この「下井手八幡宮」は「三の宮神社」とも言われます。玉名市にある「野原八幡宮」の三ノ宮という表現をされていたサイトもありましたが、詳しくは分かりません。

下井手八幡宮4

「犬の運動おことわり」だそうです。
おそらく、犬を連れて横切る程度なら許すけれど、境内で散歩させたり、トレーニングさせたりすることはダメですよってことでしょう。

そんなことはどうでもいいとして・・・

石人1

どうやらここに「石人」がいるようです。
入れないように針金の網でガードされています。

石人2

ついに御対面!
これが「石人」です。だいぶ削れていますが、兜や鎧をまとった「武装石人」です。

(はじめまして)

表面は朱色に塗られていたそうです。
「石人」は筑後、北肥後の限られた地域に分布しているそうで、5世紀から6世紀に造られた古墳を装飾するためと説明板に書いてありました。
写真を見て分かるように、脚の部分がありませんが、最近見つかったそうです。
ぜひ、くっつけてあげて欲しいものです。

さらに「国指定重要美術品」であるとも書いてあります。

聞いたことがありません。
調べてみると、

重要美術品(じゅうようびじゅつひん)は、文化財保護法施行以前、旧「重要美術品等ノ保存ニ関スル法律」に基づき日本政府(文部大臣)が、日本国外への古美術品の流出防止を主目的として認定した有形文化財のことである。
(フリー百科事典「ウィキペディア」より)

とあります。
つまり、結構古い法律での指定であり、廃止された現在でも認定効力を保ち続けているそうです。
(新しい法律で指定を受けたものも当然あります)
取り消される可能性もあるというわけです。
まあ、この「石人」は大丈夫でしょう。

石人3

「石人」のある小屋の隅っこには、なぜか埴輪が置いてありました。
しかも後ろ向き。
誰かのいたずら?それともこれも発掘されたものでしょうか?

三の宮古墳

「三の宮古墳」の標木の横に、板碑のようなものがあります。
これは、石室の壁材で、赤い顔料が塗られていたそうです。(なんとなく分かります)
なので、この古墳は“装飾古墳”ということになります。
(へー)

三の宮四方仏1

境内には、もう一つ、金網でガードされたものがありました。
「三の宮四方仏」です。

三の宮四方仏3

説明板の拡大画像はこちら(←クリック)

筑後の名石工が正平8年(1353年)に造った石塔で、4面に仏像が彫られています。
この4面部分以外は後年に造られたもので、美術性の高い技術が施されています。
ちなみに“正平”という年号は、南北朝時代の南朝の年号です。

「石人」がメインでしたが、これは掘り出し物ですねえ。

三の宮四方仏2

ただし、こんな状態。
保存したいのは分かりますが、もうちょっと考えて欲しいものです。
彫られている仏像は分かりますが、目がチカチカするし・・・。

今回は、荒尾市の「石人」を訪ねましたが、どうやら他にもあるようです。
実際のところ、モニュメントなどは知っている(和水町にある)のですが、もう少し調査してみようと思いましたね。

(あー、こんなことしている場合では・・・)
関連記事
九州の人気ブログランキングへ

伝統・歴史・文化 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
<<つなぎの記事は、阿蘇の石にて・・・ | ホーム | 通潤橋の手本ともなったといわれる熊本最古の水路橋【雄亀滝橋(おけだけばし)】(美里町)>>
コメント
----

こんばんは。
実家から程近いエリアながら、まったく知りませんでした。
和水町のモニュメントは知ってます、似てますね確かに...
いやぁ勉強になります。
by: ゆったり人 * 2010/03/15 00:24 * URL [ 編集] | page top↑
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://uspa.blog27.fc2.com/tb.php/345-456b8265
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。