スポンサーサイト
-- / -- / -- ( -- )
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
九州の人気ブログランキングへ

スポンサー広告 | page top↑
無から生まれた大地【玉名市横島地区】
2009 / 12 / 07 ( Mon )
玉名市横島町は、400年にも及ぶ干拓事業の結果生まれた町です。
仕事の帰りにちょっと立ち寄りました。
目的は、石づくりの堤防です。

ここで簡単に説明を。(といっても看板からの引用です)

天正16年(1588年)肥後の領主として入国した加藤清正公は、この地の広大な洲や干潟に着目し、水田化するために大々的な河川改修工事を行いました。
慶長10年(1605年)にその最終工事である石塘の築堤が難航の末に完成したことで、その後、横島では遠浅の海浜の段階的な干拓で土地が拡げられていきました。昭和42年5月に国営(農林省)で行われたのを最後に干拓事業は行われていません。


参考までに「玉名横島海岸保全事業所ホームページ」に、どの時代にどこを干拓したのか分かりやすく説明した図があります。

つまり、400年かけて、この土地ができたんですね。
なんとも気の遠くなる事業です。

そしてその跡を見ることで、壮大な事業だったということを肌で感じることができます。

場所の事前確認をしなかったので、小さい看板を頼りに車を走らせていると、川沿いにきれいに整備されている公園に到着しました。
港いこいパーク1

後から調べてみたら「港いこいパーク」という名前の公園でした。
横島漁港前の甲辰川の両岸(干拓前の旧港周辺)を整備して平成14年に完成した公園です。

港いこいパーク2

遊具もありますが、ちょっと古い・・・。
12月の夕方ということもあり、寂しかったですね。(一人だし)

でも、ここに設置してあった看板で、史跡(堤防)の大まかな場所をつかみました。

明丑堤防

最初に訪れたのがここ「明丑堤防」です。
明治26年(1893年)に完成したこの堤防と樋門「六枚戸」は、県の重要文化財に指定されています。

明丑堤防2

今でも、堤防がそのまま残されています。
結構長い・・・。
でも、コンクリートも使用されていて、残念です。
(私的に・・・)

さらに、古い堤防の跡もありました。

九番堤防

この堤防は「九番堤防」という名前で、安政6年(1859年)に造られた堤防です。
人力のみで造られた石積みの堤防。
石を担いで積み上げる重労働を行ったのは、若い娘たちと主婦だった(看板に書いてありました)というから驚きです。
「潟担い節」(がたいないぶし)と呼ばれる労働歌が伝承されています。
保存会もあるようです。
(八代のほうの「おざや節」のようなものでしょう)

バタバタと立ち寄り、日も暮れてきたので、十分な探訪とはいきませんでしたが、その魅力を垣間見ることができました。次回はしっかりと歴史を学びたいと思います。

山手のほうにもいろいろと干拓と関係のある史跡があり、“人柱の跡”もあるそうです。
いかに難工事を極めたのかが想像できます。
(ちょっと怖いですね)
関連記事
九州の人気ブログランキングへ

伝統・歴史・文化 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<W検定の結果 | ホーム | 鹿本地方農畜産フェスティバル!>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://uspa.blog27.fc2.com/tb.php/304-a36fde9e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。