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阿蘇と三角のつながりを学びました。【郡浦神社】
2009 / 10 / 07 ( Wed )
宇城市三角町にある「郡浦神社」へ立ち寄りました。

念のために・・・「宇城」→「うき」、「三角」→「みすみ」、「郡浦」→「こうのうら」と読みます。
(地元の人は当たり前かもしれませんが、どれも普通読めませんよね)

郡浦神社1

神社に行くと、まずは「由緒」を読みます。
(それなり?の神社にはたいていあります)
看板などに、そこの神社の説明がしてあるんですね。

そこで早速、看板を読んでみました。

郡浦神社2

うー・・・読めません・・・。
(読む気にもなれません)
結構昔の看板かと思いきや、「昭和60年」と書いてあります。
この辺りでは、まだこういう文体が一般的だったのでしょうか。(←そんなはずないと思うけど)
確かに品格はありますが、これでは意味がありません。

ちょっと困っていると、こんなものがありました。

郡浦神社5

分かりやすい日本語で、わずか3行のまとめられています。
それを読むと、「郡浦神社」は、「健軍神社」「甲佐神社」と並んで「阿蘇神社」の三摂社の一つだそうです。それなりの神社ということですね。

「摂社(せっしゃ)」とは、「本社に付属し、その祭神と縁故の深い神をまつった神社」(Yahoo!辞書より)のことです。他にも末社(まっしゃ)と呼ばれる神社もあり、格式的には、摂社の下になります。

ちなみに「健軍神社」の説明では、阿蘇神社を含めて、阿蘇四社という表現を使っているのをみました。これは、阿蘇神社の摂社ではなく、同格の意を含んでいるように感じます。実際のところは分かりませんが、阿蘇氏とのかかわりの歴史も関係しているように思います。
(古くは阿蘇四社で、明治に摂社になったという話も)

郡浦神社の祭神は、「蒲智比命(か(が)まちひめのみこと)」「健磐龍命(たけいわたつのみこと)」「速瓶玉命(はやみかたまのみこと)」「神武天皇(じんむてんのう)」の四神です。
難しくて読みづらい看板のほうには、「蒲智」でなく「蒲」と書いてあります。

以下、ちょっと複雑です。というよりいろんな情報から、自分なりに解釈した内容なので、間違った表現もあるかもしれません。ご了承ください。

もともとこの地には、蒲智比神社があり、後に郡浦神社に祀られたそうです。
ちょっと調べてみると「蒲智比命」は、イザナギ、イザナミの神の孫娘にあたる女神で、読みづらい看板には“四面明神御女トモアリ 四面神社ハ肥前國温泉郡ニアリト云フ・・・”と書いてありました。
四面神社は、長崎の雲仙にある温泉神社のことらしいですが、体が一つで面が四つある神様を祀っているためそのような名前が付いています。それぞれの面(顔)に名前が付いているそうなのですが、その神様の娘ということなんでしょうか。
(深入りすると抜けられなくなりそうなので、この辺で止めます)

「蒲智比命」は、「速瓶玉命」の嫁さんです。
神様は一夫多妻制のようです。(というより、もっとややこしい・・・・)

平安時代に郡浦地区の豪族が、当時の阿蘇氏の力を頼り、実質的な支配下となるに伴い、神社の神様同士の結婚が行われました。
神話ではなく、人が神様同士を結婚させたということなんでしょうか?不思議なもんです。
政略結婚の一種なんでしょうか。

(書きながら、ちょっと不安になってきました)

とにかく、歴史はかなり古いものがあります。

その後、戦国時代の1580年のこと。
神社の近くにある「矢崎城」には、薩摩の島津氏からの防衛のために、阿蘇氏の家臣である「中村惟冬」(なかむらこれふゆ)がいました。
結局は、圧倒的な島津氏の勢いに、無残にも負けてしまいます。

今もこの城跡が残っていますが、次の機会に調査予定です。

「この桜は、天正8年(1580)島津氏との戦いで矢崎城(宇城市三角町)で戦火に散った峯(中村)伯耆守惟冬の菩提樹とされている。室(妻)と嫡男は少数の家臣と故郷の」この地に戻り、惟冬と一族の御霊を弔うため一心に行をおさめたということで“一心行”の名がついたとされています。」

唐突ですが、これは、南阿蘇村(旧白水村)にある「一心行の大桜」の説明です。
つながりますねえ。
阿蘇と郡浦地区とのつながりが現在にも色濃く残っているってすごいです。

(ふうっ)

境内には、平安初期のものと思われる石造の五重塔があります。

郡浦神社4

廃寺となった「常福寺」の名残です。
説明によると、このお寺は郡浦神社の神宮寺として、所務を行ってきた寺院でした。
年代物の石って、すばらしいですね。

近くには、さらに「郡浦の天神クス」と呼ばれる大楠があります。
宇城市三角町郡浦地区は、見どころが多い地区ですね。

でも、この場所で一番驚いたのは、「タマムシを見たこと」

←これはイメージ写真です。

生きている(飛んでいました!!)タマムシを見たのは久しぶりでした。
その前にいつ見たのかすら思い出せません。
追いかけたんですが・・・見失ってしまいました。

とにかく、ここはすごい場所でした。
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by: * 2011/07/03 03:40 * [ 編集] | page top↑
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