スポンサーサイト
-- / -- / -- ( -- )
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
九州の人気ブログランキングへ

スポンサー広告 | page top↑
天草のキリシタン文化を理解する【その1】
2009 / 07 / 15 ( Wed )
突然ですが、天草のキリシタン文化は有名ですね。

ただ、私の中では、

○天草四郎と天草島原の乱
○大江天主堂や?津天主堂
○南蛮文化いろいろ


というイメージが混同して一つの「天草=キリシタン文化」というイメージができあがっているような気がします。

先日、天草市五和町にある史跡「ペーが墓」に立ち寄ったときに思いました。
ペーが墓1 ペーが墓2

最初は、名前が変わっているという理由で興味が湧いたんです。
で、行ってみると普通にお墓(キリシタン墓碑群)でした。

隠れキリシタンの墓かな?と思ったんですが、17世紀中ごろまでにつくられたお墓らしいです。
説明板では、「ペー」とは、神父を意味する「ペーター」が語源という説があり、神父の墓であるということも想像されるということでした。

別な説明には、戦国時代末期で、「禁教前と予想される」とも。
(禁教っていつ?)

天草にキリスト教が伝わったのは、「天草五人衆」の一つである志岐氏(麟泉)がポルトガル人「ルイス・アルメイダ」を招いたのが始まりとされています。永禄9年(1566年)のようです。(※永禄12年・1569年と書いてあるのもありました)

これは、年表が必要ですね。
高校の歴史を思い出します。(←嫌いなわけではない)

今回は、取りかかりとして・・・、次回は年表作成に挑戦して、頭の整理をしたいと思います。


九州の人気ブログランキングへ
関連記事
九州の人気ブログランキングへ

独りごと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<熊本バイキング録【阿蘇の司ビラパークホテル】 | ホーム | 「あんずの丘」ゆるキャラプロジェクト始動!>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://uspa.blog27.fc2.com/tb.php/244-2adc792f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。