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がんばる“ゆるキャラ”「ころう君」&「チヨマツ」
2010 / 08 / 27 ( Fri )
ゆっくりとネタを書くヒマがないので、ちょっとした熊本の“ゆるキャラ”情報。
山鹿市の2体が揃ったお祭りでの写真です。

ころう君

歴史公園鞠智城のゆるキャラ「ころう君」がジャンケンしています。
一応、グーチョキパーができるんですね。
残念ながら負けてしまいました。

頭がとても重そう・・・

チヨマツ

もう一体のキャラ「チヨマツ」です。
八千代座のゆるキャラです。
こちらは手が松の枝をかたどっているので、ジャンケンができません。
(何もできません)
なので、写真では分かりづらいですが、縄跳びをしていました。
それはそれですごいです。(中の人が?)

暑い中の登場で、出演時間わずか30分程度だったでしょうか。
ウルトラマンよりはマシですが、夏は厳しいようです。

(中に入った人)お疲れです。

子どもが指差して、「本当は人間なんでしょ!」と何度も聞いていました。
もちろん返事はしていませんでしたが、ちょっと心が和みました。
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熊本ゆるキャラ情報 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
すんなりとは参道を進めない神社【大原阿蘇神社】(菊池郡菊陽町)
2010 / 08 / 23 ( Mon )
旧国道57号、菊池郡菊陽町の豊後街道沿いにある神社に何気なく立ち寄りました。
この辺は、当時から残る杉並木でも知られています。

初めて知った神社で、立ち寄った理由は特にありません。
なんとなく引き寄せられるように車を停めました。

大原阿蘇神社1

「大原阿蘇神社」といいます。
いつものように、何か面白いものはないかと探しながら鳥居を見て、参道を歩きました。

大原阿蘇神社3

鳥居のすぐそばに、この地区の説明板が建ってます。
とても親切です。

大原阿蘇神社2

「新町」というこの地区は、細川忠利公によって造られた集落のようで、商業のまちとして栄えたそうです。
豊前街道沿いの宿場町としての役目もあり、高札場も設けてありました。
また、この地は低湿地で排水が悪く、樹木や作物が育たず枯れていたので「枯木」という名が生まれ、今でも地元では新町というより枯木という場合が多いそうです。
普通、悪いイメージの名称は使わなくなると思うんですが、逆なんですねえ。

大原阿蘇神社4

参道をちょっと進むと、橋が架けられています。
石橋?でしょうか。一跨ぎで越えることのできる水路(水はナシ)にアーチが架かっています。
なかなか面白いです。

大原阿蘇神社5

石柱には昭和11年と刻まれていました。
コンクリートのようにも見えましたが、どうなんでしょうか。
(たぶん石橋)
実用的な橋というよりも、装飾的な役割のほうが大きそうです。

社殿を目指し、参道を進みます。

大原阿蘇神社6



参道の先、社殿の手前に線路が通っていました。
JR豊肥本線でしょう。

へー、と思い、社殿へと進もうとすると、遮断機が降りはじめました。
列車が通るので当然です。
なんだか、社殿へ行くのを阻まれた気分に。

大原阿蘇神社7

そして列車が通過。
(そりゃそうだ)

途中、道路が横断している神社は見たことありますが、参拝しようと歩いていると、遮断機に行く手を阻まれる神社は初めてみました。
他にもあるのかもしれませんが、めずらしいでしょう。

列車が通り過ぎ、安全を確認した後、再び社殿を目指し歩きました。

大原阿蘇神社8

社殿の屋根がとても重厚そうに感じます。
その名の通り、阿蘇神社の摂末社の一つなのでしょう。
どことなく似ているような・・・

やっぱり旧参勤交代道沿いはいろいろと見どころ多しですね。
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初めての「山鹿灯籠まつり」~2日目【山鹿灯籠踊り】(山鹿市)
2010 / 08 / 22 ( Sun )
「山鹿灯籠まつり」2日目(16日)は、メインともいえる「千人灯籠踊り」がある日です。

ちなみに「山鹿灯籠まつり」は、日にちが固定されているので、曜日は関係ありません。
今年の8月16日は、通常の月曜日でしたので、前日の日曜の人出に比べると、かなり少なかったと感じました。
(盆休みも終わって、仕事が始まった人も多いでしょうから・・・)

初めての「山鹿灯籠まつり」なので、ぜひとも「千人灯籠踊り」を見たいと思っていたのですが、グルメフェア会場からなかなか足が前へと進みません。
(「千人灯籠踊り」の会場は、ちょっと離れているんです)
昨日の疲れでしょうか。
もう十分楽しんだという気持ちもあったせいでしょうか。

近くで行われていたステージショーは少し見ました。

ASO坊健太くん

おなじみ(?)「ASO坊健太くん」が踊ってました。
彼の行動範囲は県内随一だと思います。
やはり子どもたちに人気です。

山鹿灯籠踊り1

足湯の近くには、人力車が停められていました。
4台もあるんですね。
町並みに溶け込み、とても風情があります。

「千人灯籠踊り」を見に行くのを断念し、グルメフェア会場でウダウダしていると、「よへほ節」がどこからともなく流れてきました。
「よへほ節」に合わせて、山鹿灯籠踊りは行われます。(アレンジもあります)

この「よへほ節」について少し。

明治以来、地元で愛されている民謡(本来は、男女の逢瀬を歌ったという)。 古くから伝承されてきたものを昭和8年に野口雨情に歌詞の改作を依頼してできたのが、今日の「よへほ節」です。
この「よへほ」は唄の最後につく囃子詞です。
囃子詞というのは、唄の掛け声の部分で、唄の調子を整えたり、唄をひきたてたりするために歌詞に添えられるフレーズで、元々意味があったものや単なる掛け声などさまざま。
一説によると「よへほ」は「酔え+ほ」だそうです。「ほ」は肥後弁特有の相手の気を惹いたり、注意を促す場合の「ほー、ほー」です。「酔へ」はこの踊りを見て「あなたもお酔い」などど考えられ、あわせて「あなたもお酔いよ、ホラッ」といったニュアンスになります。

主は山鹿の 骨なし灯籠 ヨヘホ ヨヘホ
骨もなけれど 肉も無し ヨヘホ ヨヘホ

山鹿灯籠は夜明かし祭り ヨヘホ ヨヘホ
町は火の海 人の波 ヨヘホ ヨヘホ

心あらせの蛍の頃に ヨヘホ ヨヘホ
とけし思いの 忍び唄 ヨヘホ ヨヘホ

(以上、「山鹿探訪なび」、「Yahoo!辞書」、「気になるくまもと」参考)

山鹿灯籠踊り2

国道325号を、山鹿灯籠踊りが練り歩いてきました。
ラッキーです。
優雅ですねえ。
まだ明るかったので、頭の灯籠に明かりは灯されてませんでしたが、十分見ごたえはありました。

山鹿灯籠踊り3

記念撮影タイムを設けてくれる心配りがうれしいですね。
(人が多過ぎて、逆に近づきませんでしたが・・・)

山鹿灯籠踊り4

やはり、夜がいいですね。
写真は難しいですが、自分の目で見ると、とてもすばらしいです。
さすが熊本を代表する祭りですねえ。
あわただしくなく、じっくりと雰囲気を楽しめるところがいいです。

初めての2日間でしたが、疲労困憊でしたー。
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初めての「山鹿灯籠まつり」~1日目(その2)【圓頓寺、山鹿灯籠踊り】(山鹿市)
2010 / 08 / 19 ( Thu )
山鹿灯籠まつり1日目(15日)の後半です。
前半はまつりが始まる前だったのですが、今回ではしっかりと山鹿灯籠踊りを見ましたのでご安心ください。

夕方6時ごろ、さくら湯跡地のグルメフェア会場から、山鹿灯籠踊りの奉納が行われる「大宮神社」へと歩いて行きました。
細い道でしたが、多くの人が行き交い、出店もたくさん並んでいます。

途中、偶然にも仁王像(もちろん石像)に遭遇!
圓頓寺

「圓頓寺」(えんとんじ)という立派なお寺の前に並んでいました。
(結構大きい・・・)
「なんでこんなところの写真を撮っているのだろう」という出店の人たちの視線を感じつつ、仁王像を観察しました。

圓頓寺2 圓頓寺3

だいぶ傷んでいるようでしたが、それだけ古い時代のものなのでしょう。
それにしても立派です。

「圓頓寺」というお寺は初めて知りました。
そこで、いつものようにネットで調べてみました。
すると、立派なホームページがありました。(ブログも)

日蓮宗 常明山 圓頓寺(円頓寺)ホームページ

↑内容も充実しており、ご住職によると「新たな布教方法の一つとして、マスメデアを通した『ホームペ―ジ布教』」ということで、力を入れられていることが分かります。
そういう時代なんですねえ。
神社でも、ネット上でおみくじを引くサービスというのも以前紹介したことがあります。
そのうち、御経や説教なんかが聞けたりするのかもしれませんね。

そして「大宮神社」に到着しました。(歩いて10分ほど)
すでに境内にはカメラマンや見学者が集まっていました。
(思ったほど多くはありませんでした)

山鹿灯籠1

この輪の中に加わることには躊躇われたので、輪の外で様子をうかがってました。

すると・・・

山鹿灯籠2

脇から山鹿灯籠踊りの皆さんが境内そして拝殿へと入ってこられました。
この瞬間、境内の雰囲気も一変。
厳かな雰囲気の中に、カメラマンの殺気のようなものが交錯している感じがしました。

山鹿灯籠3

拝殿内で、お参り(?)が行われているのでしょう。
その間も、あらゆる隙間からカメラマンや一般の方のシャッターが押され続けられていました。
(離れた場所から撮影しましたが、私もその一人だったことでしょう)

山鹿灯籠4

輪の中に入らなかった(入れなかった)ため、こんな写真が限界。
撮影はこんな感じでしたが、大宮神社の境内で奉納される山鹿灯籠踊りは、イベント等で見るのとはだいぶ違い、優雅な上に、神聖な儀式のようなものを強く感じました。

山鹿灯籠5

なんとか正面から撮ることができました。
雰囲気は伝わったかと思います。
撮影云々抜きにして、初めて見る本当の山鹿灯籠踊りに感動しました。

できれば、もっと多くの人がきちんと見ることができるように、ひな壇のようなものを設置してほしいですね。この輪の中に入らないかぎり、多くのカメラマンが視界に入り、正直魅力も半減してしまうからです。
(それでも素晴らしさは分かりますが・・・)

十分満足しました。
来てよかったですね。

山鹿ご当地グルメフェア

その後は、「山鹿ご当地グルメフェア」を楽しみました。
途中、花火が9時から1時間ほど打ち上げられ、盛り上がりました。
(撮影失敗・・・)

屋台は夜中の12時くらいまでやってました。
家に帰ったのは午前2時すぎ・・・。

そして2日目へ続きます。
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初めての「山鹿灯籠まつり」~1日目(その1)【さくら湯、金剛乗寺、八千代座など】(山鹿市)
2010 / 08 / 18 ( Wed )
8月15日と16日に行われた山鹿市最大のお祭り「山鹿灯籠まつり」に、初めて行ってきました。
仕事も兼ねて行ったでの、見どころを全部堪能できたわけではありませんが、その魅力の一部に触れることができたので、紹介したいと思います。
(あくまでも個人的視点にて・・・)

今更なので、「山鹿灯籠まつり」の説明は下のホームページを紹介することで割愛させていただきます。

・「山鹿探訪なび」(山鹿市ホームページ)

さて、1日目(15日)は、山鹿市中心部の豊前街道周辺、大宮神社周辺などでさまざまな催しが夕方から行われるのです。
ちょっと早く現地に行ったので、あらためて周辺を散策しました。

山鹿温泉のシンボルである「さくら湯」は、建て替え準備中のため現在臨時駐車場、そしてこの日は「山鹿ご当地グルメフェア」会場になっていました。
かろうじて、水汲み場のようにして山鹿温泉が湧いている場所がありました。
※正式名称:さくら湯前飲泉塔飲泉口(飲用)

山鹿温泉1 山鹿温泉2

アルカリ性が強いので、寝る前や小さいお子さんは飲まないほうがいいようです。
実際飲んでみましたが、ちょっとぬるい程度でした。(味はよく分かりません)

この「さくら湯」は、新しく建て直すにあたって、山鹿市が「一口湯主」というのを募集しています。
どこかで聞いたことのあるネーミングです。
熊本城のように、たくさん集まるといいですね。

山鹿灯籠

通り沿いには、奉納される「山鹿灯籠」が飾られていました。
紙とわずかな糊だけで作られる芸術品。
大宮神社に奉納されるので、神社を作ったものが多かったようです。
(さすがに寺院は見ませんでした)
写真は鎌倉の鶴岡八幡宮ですが、できれば山鹿、熊本ならではのものを作ってほしいですね。

時間潰しに、「金剛乗寺の石門」を目指しました。
桜湯の跡地から八千代座方面へ豊前街道を歩きます。

金剛乗寺1

逆光だったので、うまく撮れていませんが、見事な石門です。
先日の菊池市旭志町にある「円通寺石門」とは、またちょっと違います。
石と石の隙間を埋める白いコンクリート?漆喰?か何かが、逆にいい雰囲気をつくっています。
文化元年(1804)に石工・甚吉によって造られたもの。どこの甚吉さんかは分かりませんが、山鹿周辺の石橋等の建造にも関わっている人物です。

金剛乗寺2 金剛乗寺3

梵字が刻まれています。(上左写真)
胎蔵界の大日如来を表しているそうですが、詳しくは分かりません。
調べると深みにはまって帰ってこれない気がしたので、ご了承ください。
裏側にも違う種類の梵字(金剛界の大日如来か)が刻まれています。

右の写真は、由緒です。
難しい表現も使われているので、山鹿市の観光情報サイト「山鹿探訪なび」より以下に抜粋しました。

天長年間(824~834)に空海(弘法大師)によって開かれ、かつては建物が大きく西の高野山と云われました。一時は途絶えましたが後鳥羽天皇の勅願で再建され、宝徳年間(1449~1452)に宥明法印住職によって復興されました。
宥明法印住職は、文明5年(1473)3月温泉が突然枯れてしまったとき、薬師堂を建て祈願をして温泉を復活させた山鹿温泉の大恩人と云われています。その後、宥明法印が遷化したとき、紙細工の名人・山口兵衛が数百の紙灯籠を作り、霊前に供えたのが山鹿灯籠の起こりとも言われています。


山鹿の歴史と大きな関わりをもったお寺です。
ちなみに「薬師堂」は、「桜湯」のそばにあります。

金剛乗寺4" 金剛乗寺5

石門をくぐり、豊前街道を眺めました。
アーチ内から見える風景は、どことなく別空間の映像を見ている気分になります。
右の建物は、瓦がすごく広く、重厚な造りで見ごたえがあります。
ちょっと歪んでいるところも歴史を感じます。

金剛乗寺6 金剛乗寺7

お寺の入口(門)です。
その左奥に、水が湧いていたので、ちょっと涼もうと思って手を入れました。

が・・・、熱くて驚きました。
どうやら温泉を汲み上げているようです。
先ほどの「さくら湯」と違って、こちらの泉温は高めでした。

金剛乗寺8 金剛乗寺9

本堂です。
賽銭箱に初めて紋が付いていました。(そんなに見た数は多くないですが・・・)
船の舵(操舵輪・ハンドル)のような紋です。
このお寺は海とは関係ないように思えるので、違う形なのかもしれません。
(住職の趣味が船なのかも・・・)

金剛乗寺は、他にもいろいろ見どころがあります。
長くなるのでこの辺でやめます。

公式サイトもあるようなので、興味のある方はどうぞ。(深いです)

※金剛乗寺公式サイト http://loveshaman.web.fc2.com/

次に、「八千代座」を目指しました。
知り合いの俥夫(人力車を牽く人)の方に挨拶し、賑わいを見せる「八千代座」と対面。

八千代座

いつもと変わらない「八千代座」がありました。
いつ見てもいい景観です。
(チヨマツとは会いませんでした・・・)

山鹿ってまちは、ほんといいですね。

今年は八千代座ができて100周年の記念すべき年。(今年建築100年、来年開業100年)
「平成の瓦一枚運動」という取り組みが行われています。
こちらも寄付です。
「平成の」と頭に付いてますが、過去にも行われたことがあるそうです。

※参考:山鹿市ホームページ

行政が財政難(←おそらく)というだけでなく、多くの市民(または山鹿ファン)が積極的にまちづくりに参加できる場を提供しているということなのでしょう。

※次回に続きます。
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人吉球磨カッパ捜索隊 (注)ゆるキャラではありません
2010 / 08 / 11 ( Wed )
人吉球磨に出没する“カッパ”の話を聞きました。

カッパ?

確かに球磨川に伝わるカッパ伝説はよく聞かれますが、具体的な目撃情報は多数寄せられているとか。

調べてみるとイベントのようです。↓

人吉球磨カッパ捜索隊 【球磨川サプライズ!】

人吉球磨のカッパ
↑こんなカッパが出没しているようです。(こわい・・・)

ゆるキャラではありません。
円谷プロからから借りたのでしょうか。
こんなのと突然遭遇したら、気を失ってしまいそう・・・。

このカッパを探すイベントです。

せっかくならば、熊本全体でキャラクターを探すイベントをしてはどうでしょう。
「くまもと“ゆるキャラ”かくれんぼ」ってところでしょうか。
かなりの数が存在しているので、十分成り立つと思うのですが。
(一緒に記念撮影して応募するなど)

人吉には、「ヒットくん」がいることもお忘れなく・・・。
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神の使いか・・・やっと発見、水汲み場【山ノ神岩清水】(山鹿市菊鹿町)
2010 / 08 / 06 ( Fri )
ちょっと前、湧水を求めて不動明王に出会った記事を書きました。
そのときの反省を踏まえることなく、湧水があるという地区名のみを頼りに、再び水を探しに出発しました。
山鹿市菊鹿町の「山ノ神」地区という場所です。
とても期待できる名前です。

初回は、大雨と雷のために途中棄権。

そして2回目。
山ノ神地区は、「矢谷渓谷」にも近く、釣り堀などがあります。
まずはその釣り堀を目指しました。

栗

さすが菊鹿は栗の産地。(山鹿市は熊本県で第一位の生産量)
道沿いには、栗畑がたくさんありました。
まだ小さいですが、たわわに実っています。
(ちょっと眼が痛い・・・)

釣り堀を通り過ぎ、しばらくすると・・・

山ノ神の岩清水1

簡単に発見してしまいました。
山肌から2本のパイプが伸びていて、水が滾々と流れ出しています。
(不動明王のときと似ている)

先客がいたので、しばらく待ってその湧水のそばまでいきました。
とくに看板等も立っていないので、「山ノ神の岩清水」と呼ぶことにしました。
とても冷たく、おいしそう。

すると、何やら私の周りをヒラヒラと飛んでいます。
はじめは水を汲んでいたので無視していましたが、ヒラヒラ、ヒラヒラとまとわりつくように飛んでいます。

ようやく何だろうかと見てみると、1匹の蝶でした。
なかなか逃げません。
この岩清水を飲みに来ているのでしょうか。

山ノ神の岩清水2

近くの葉にとまったところで撮影。
紫色をして、とても美しい蝶でした。
詳しくないので名前は分かりません。
あまりにも美しかったので、山ノ神地区・・・神様の使いでは!?と感じるほど。

山ノ神の岩清水3

今回汲んだ水は、単なる湧水ではなく、山の神様がお恵みになった水かもしれません。
(ちょっと大げさか・・・)
残念ながら信仰心の薄い私はそれ以上のことは何もありません。
でも、この水で淹れたコーヒーを飲むとき、たまにあの美しい蝶のことを思い出します。
(どこにでもいる蝶だとイヤなので、その蝶のことは調べないことにしました)

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石門と水のまち②【菅原神社、姫井橋など】(菊池市旭志町)
2010 / 08 / 04 ( Wed )
すばらしい石門を後にし、近くを少しうろうろ。

石門の橋

橋の装飾として小さな(疑似)石門がありました。
くぐることもできそうでしたが、さすがに人の目を気にしてしまいました。

石門から少し進んだところには立派な「菅原神社」があります。
神社自体はなんてことないんですが、先ほどの地域の人たちの信仰心の篤さに触れた後だけあって、ちょっと覗いてみることに。

菅原神社1

普通(?)の神社です。

菅原神社2

狛犬も普通。
特徴を探すとすれば、ちょっと鼻の穴をふくらませすぎなところくらい。
ここには2対の狛犬がいらっしゃいます。

菅原神社3

ここにも牛の像が奉納されていました。
台座に“明治四十”の文字が刻まれていましたが、後年新しいものに変えられて旨の説明が書いてありました。(そういう意味だと読みました)

菅原神社4

菅原神社5

社殿には、美しい絵馬も奉納されていました。
忠臣蔵の場面のようにも見えます。(ちょっとコミカル・・・)
牛の絵馬もありました。

菅原神社6 菅原神社7

社殿(本殿)の彫刻。
裏手にはつっかえ棒も。

この神社では、神楽の奉納も行われているようで、古い写真が飾ってありました。
情報によると、石橋の親柱などがあるということでしたが、発見できず・・・。
まあ、こんなもんですね。

菅原神社8

神社の側には、周辺の集落を縫うように、水路があり、豊富で綺麗な(←見た目)水が流れていました。
とても暑かったのですが、ちょっとだけ癒されました。

そこからさらに県道329号を北上します。
合志川(またはその支流)を渡る橋の隣に、別な橋があります。

姫井橋1

面白い形の橋です。
残念ながら石橋ではありません。コンクリート製です。
ただし、普通のコンクリート製の橋ではなく、大正14年(1925年)に造られたとても貴重な橋だそうです。
そのことが説明されている碑もあります。

姫井橋2 姫井橋3

「社団法人土木学会」というところから「土木学会選奨土木遺産」というものに認定されています。
大学の人の名前もあることから、権威ある認定なのかもしれません。(そうでもないのかもしれません)

※参考1:社団法人土木学会ホームページ→http://www.jsce.or.jp/index.html
※参考2:社団法人土木学会西部支部ホームページ→http://www.jsce.or.jp/branch/seibu/index.html

その姫井橋(馬橋とも)から少し上流部分に湧水があります。

乙姫湧水1

この看板付近から下を覗くと・・・

乙姫湧水2

川の脇からジャンジャンと水があふれ出しています。
とても綺麗です。
近くにも水路があり、こちらも豊富に水が流れていました。

乙姫湧水3

これは、すぐ近くにある巨木の説明板。
「乙姫の水神木」の説明です。(肝心な木の写真撮り忘れました・・・)

木の根元から水が湧いていたそうです。
この木にまつわる伝説もあります。

ほんと、ここはいいところでした。

さらに県道を進むと「菊池渓谷」に辿り着きます。
水が豊富な理由もわかる気がします。

暑い夏を乗り切るには、“水”は不可欠。
いろんな意味で、気持ちのいい“水”に触れて、心から清々しくなりたいもんですね。
(今回ちょっとなりました)
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石門と水のまち①【円通寺石門など】(菊池市旭志町)
2010 / 08 / 01 ( Sun )
“石”の新しいジャンルとして注目していた“石門”にようやく辿りつくことができました。
菊池市旭志町にある「円通寺石門」です。
(ちなみに山鹿にも石門はあります ※旧ブログでちょっとだけ紹介)

国道325号から旭志方面へ入り、県道329号を進むと、道沿いに石門を発見。
すばらしい石組と曲線美にしばし見とれてしまいます。

円通寺石門1

以下、説明板より

 円通寺は寺伝によると菊池氏初代の藤原則隆が延久年間(1069~1074)に山城国の円通寺から本尊を移し開いたという由緒ある名刹である。
この石門は円通寺の表門にあたるが、これは天保(1830~1844)頃この寺を復興した自忍和尚により造られたものだと考えられている。

(以下略)

さらに詳しい説明は、「地域発 ふるさとの自然と文化」をご覧ください。

上の説明からすると、今から約170~180年ほど前に造られた石門ということになります。
門構えは、半円に近い石橋とは違い、下のほうが狭くなり、まさに円形です。
かなり高い技術が必要だったのではないでしょうか。

円通寺石門2

修復されているとはいえ、この緻密な石組はすごいです。

円通寺石門3

後ろからみたところ。
ちょっと分かりづらいですが、門の前には(おそらく)石臼(ゴリゴリと粉を挽くあれです)が敷いてあります。
理由は分かりません。
地区の人たちが使わなくなった石臼を集めて、“円”つながりということで敷いたのかもしれません。
余っただろう石臼が脇に置いてありました。

円通寺石門4

屋根部分もしっかりと造られています。
(角の反りなど)
全体的に唐風つまり中国の影響を大きく受けた建造物だそうです。
なんとなく分かります。

円通寺石門5

門をくぐり奥に進むと、左手にハス池がありました。

ちょっと時期が過ぎているし、ハスは午前中に咲く花だと聞いていたので、期待はしませんでしたが、いくつか花を見ることができました。
花に近づいて写真を撮ろうと思い、上の頼りない橋を恐る恐る渡りました。
鉄板ですが、このハス池のために架けられたもののようには見えません。
廃材を利用したのかも・・・

円通寺石門6

無事花を撮影。ちょっと遅かったようです。

ハス池を過ぎ、さらに奥へと進みます。

円通寺石門7

「鞍岳馬頭観世音円通寺堂」がありました。
隣りには、立派な牛の像が奉納されていました。
比較的最近の像です。
旭志と言えば「旭志牛」(味彩牛)をはじめ、畜産が盛んな地区だと記憶しています。
(口蹄疫の影響も大きかったことでしょう)

円通寺石門8

その先にあるお堂が、現在の円通寺だと思われます。

円通寺石門9

お堂の脇にも、石臼が敷いてありました。
ほんとにたくさんあったんですね。

円通寺石門10

そこから山肌を見ると、不思議な文字が描かれています。
(石門からも見えました)
どんな意味なんでしょうか。

後から調べてみると「大悲」と書かれているとありました。(※右が「大」で左が「悲」)
そして、ネットの辞書によると、
(1)衆生の苦しみを救おうとする仏・菩薩の広大な慈悲の心。
(2)観世音菩薩の別名。

だそうです。
江戸時代後期に書かれたという説明を読みましたが、あの白いものは何なのでしょうか。
ペンキでしょうか。(実際、日本には江戸時代後期に伝わったらしい・・・)

円通寺石門11

さらに、「岩本円通寺八十八ヶ所」の立て札がありました。
この周辺で八十八ヶ所めぐりができるようです。
(さすがに行く気にはなりませんでした)
八十八ヶ所開基には、地区の方々の熱心な信仰心と労力、月日が注がれています。

↓この説明を見るとよく分かります。

円通寺石門12

ちなみに・・・

円通寺石門13

これが「一番 霊山寺」

円通寺石門14

そしてこれが「八十八番 大窪寺」
ぜひ、挑戦してみてください。
それぞれ2体ずついらっしゃいます。

円通寺石門16

石門の隣りには小さな稲荷大明神が祀られていたので行ってみました。
赤く塗られた社の近くに・・・

円通寺石門17

「四十九番 浄土寺」と、ありました。
一体どんなルートで八十八ヶ所まわるのでしょうか。
たまたまだったのですが、普通の人は気付かないと思いました。
まあ、そう簡単ではないということなんでしょう。

「円通寺石門」そのものもとても素晴らしい石造物でしたが、それ以外にも地区の方の信仰心が伝わり、心打たれる場所でした。

石門以外にも近くには見どころ(←私的に)があるのですが、長くなるので次回へと続きます。
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