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熊本最古の用水路?扇形分水と神社いろいろ【御宇田井手】(山鹿市鹿本町)
2010 / 01 / 30 ( Sat )
今回は長いです。

山都町に「円形分水」という川から水田へと水を引く分水装置がありますが、「通潤橋」とも関係があるため有名です。
公園整備化されており、意外(?)と人が訪れ、観光名所の一つともなっています。
(私も昨年立ち寄りました→その時の記事

実は、山鹿市にも同じようなものがあると聞いて行ってみました。
「御宇田井手」(みうたいで)と呼ばれる疏水の一部で、「円形」ではなく、「扇形分水」と表現されています。

御宇田井手1

見てビックリしました。
山都町の円形分水とパッと見た目が同じだったからです。
しかも、比較的よく通る道沿いにあり、今まで気付いていませんでした。

ただし、円形分水よりも造りがシンプルで、菊池川の支流「内田川」から取水した水の流れ(上写真の右側)がここで二手に分かれる構造です。

御宇田井手3 御宇田井手2

左が内田川の写真です。右は取水口から見た扇形分水の写真です。
きちんと円形になっていないことが分かります。
なので扇形なんですね。

先ほど「疏水(そすい)」と書きましたが、(少なくとも私は)聞きなれない言葉です。
(私も含め)知らない人のために、「疏水」について調べてみました。

疏水とは、潅漑や舟運のために、新たに土地を切り開いて水路を設け、通水させること

「疏水名鑑」というサイトがあり、そこに書かれていました。
(そういうサイトがあることがすごい・・・)
「疏水百選」なるものもあります。
ちなみに、熊本県では、「上井手用水」(菊池郡大津町)、「幸野溝・百太郎溝」(球磨郡)、「南阿蘇村疏水群」(南阿蘇村)、「通潤用水」(山都町)が選ばれています。詳しくは上記サイトをご参照ください。

「御宇田井手」に戻ります。
この井手(水路)は、
内田川の水を鹿本地区に導く御宇田井手は、開発のための水利事業としては、熊本県下最古のものといわれている用水路です。今からおよそ1000年前、西暦925年のことだと言われています。内田川津袋堰から発して、津袋・高橋の2つの集落を通って、高橋下の水車の川岸より分岐して2本の水路になっています。延長は、3,550mと3,260m合計6,810mです。
「疏水名鑑」サイトより)

熊本県最古の用水路?
すごいです。
“開発のための利水事業としては”という条件付きではありますが、1000年以上も前から整備されてきたという歴史を積み重ねて現在も現役で地元の人たちに利用されているのです。
(というか、それがどんな意味を持つ条件なのか素人には理解できません)

御宇田井手4 御宇田井手5
左はちょっと下ったところの御宇田井手の写真。
右は、私の様子を興味深く観察していた子牛2頭です。
(こんなところで何してんだろ?と思われていたことでしょう・・・)

参考:熊本県庁ホームページ(地域発ふるさとの自然と文化>御宇田井手)

さて、この御宇田井手を探してうろうろしている途中で、気になるものをいくつか見つけました。
(主に神社ですが・・・)

まずは、山鹿三十三観音の一つ「平原寺」です。

平原寺1

「五社宮」(※後述)という神社の鳥居から入ってすぐのところにあります。

平原寺3

最初、真っ黒い炭で作られた珍しい観音様だと思ってたんですが、この記事を書くときに調べてみると、「火災で焼け焦げた」とありました。(納得)

平原寺2

本堂の傍らに気になる“石”を見つけました。
何かの“石”だと思うんですが、看板が無くなっていて分かりません。(残念!)

平原寺をさらに上がると、さきほど通ってきた「日岳五社宮」に着きます。

五社宮1

鳥居の奥に、結構長い石段が続いています。
立派なしめ縄が付いていますが、よく見る形とは少し違い、竹に縄が巻き付けてあるようなしめ縄です。
どことなく、巻き柿(干柿)を想像させます。(※「巻き柿」が分かるサイト

五社宮2  五社宮3

ちょっと細めの狛犬が出迎えてくれます。
そして、意を決して(←大げさ)階段を登りました。
約123段(誤差あり)を、(仕事の途中で何やってんだろう・・・)という邪念と戦いながら、ゆっくりと進みました。
でも、社殿が見えてくるとそんな迷いも吹き飛びました。

五社宮5 五社宮7

立派な楼門の奥に、それこそこんな辺鄙なところ(失礼)にと感じるほどの社殿が構えています。
地元以外の人が訪れることを想定していないせいか、由緒など分かりませんでしたが、近くにある「津袋古墳群」(今回未調査)とも関係があるのかもしれません。

その中の一つが「五社宮古墳」であり、境内にも「家形石棺の蓋の残欠」が祀られています。
(下左写真)

五社宮6 五社宮8

耐震補強工事もしっかりと施されていました。(上右写真)
ようは、つっかえ棒ですね。

五社宮4

近くにあった横穴。
古墳でしょうか、防空壕でしょうか、倉庫のようにも見えました。
(ちょっと怖い・・・)

ここから御宇田井手を少しくだると、またもや立派な神社に辿り着きます。

高橋八幡宮3

「高橋八幡宮」です。
鳥居には、これまた巻き柿型(←勝手に命名)のしめ縄がありました。

高橋八幡宮2

美しい楼門です。
朱に塗られた部分がほどよい具合に馴染んでいて、歴史を感じさせてくれます。
以前はもっとカラフルだったのかもしれません。
こちらのしめ縄は普通(?)の形でした。

高橋八幡宮4 高橋八幡宮6

樹齢300年といわれるイチイガシです。
夜泣貝の言い伝えがあるようです。
昔の人は、乳児の夜泣きが止まらないときって、わざわざ神社で祈願していたんですね。

高橋八幡宮9 高橋八幡宮8

高橋八幡宮の社殿(上左)と賽銭箱(上右)です。
この紋は何でしょう・・・。
八幡宮の元締め(?)である「宇佐神宮」(大分県宇佐市)のとも違うし・・・。
この辺りを治めた御宇田氏の家紋でしょうか?

高橋八幡宮7 高橋八幡宮10

境内にはとても金運がアップしそうな神社もあります。
隣りには、菅原道真公を祀った高橋天満宮もありました。

一度に全部紹介しようと思いましたが、あまりにも長くなり過ぎたし、私も疲れたので、続きは次回へとさせていただきます。
残りは一つ。「御宇田神社」です。

続く・・・
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検定に出ない熊本雑問題その35
2010 / 01 / 25 ( Mon )
とっても欲張りな?神社【大宮神社】(山鹿市)

「神社ラー」らしく、前回の問題に引き続き、今回も神社関連の話です。

山鹿市にある「大宮神社」は、山鹿灯籠が奉納されることでも知られる景行天皇ゆかりの神社です。

 第十二代景行天皇が菊池川を下流よりさかのぼられ、山鹿の火の口(現在の地名は宗方)に着岸されました。その折、一面に濃霧が立ちこめ進路を阻んだので、里人がたいまつをかかげて御一行をお迎えし、杉山(現在の社地)へお導きしました。
 天皇はここに行宮(仮の御所)を営ませられ、その時の奉迎のたいまつの火が山鹿燈籠の起源と伝えられています。

大宮神社ホームページより)

さて、日曜のお昼頃に大宮神社へ訪れると、何人か参拝者がいましたが、とても静かな雰囲気でした。

大宮神社1

初めて訪れたのですが、公園のような広場も隣接しており、とても広々とした神社です。
駐車場もキレイに整備されていて、多くの人が訪れる由緒ある神社というのが伝わってきます。

大宮神社2

由緒です。
とても読みやすく書かれています。
祭神は景行天皇と阿蘇十二神です。
でも創建は分かりませんでした。(別なサイトに1072年ともありましたが・・・?)

大宮神社4

とても立派な社殿です。

大宮神社5

ミニ鳥居発見!
「ぎおんさんの鳥居くぐり」という看板が立っていました。「ぎおんさん」とは「八坂神社」のことです。
ミニ鳥居は「粟嶋神社」だけじゃなかったんですね。
(ますます“日本一”が気になります)
この「八坂神社」は「犬子ひょうたん」というお祭りで知られています。
(大宮神社のホームページをご覧ください)

ここからは、一気に行きます。

大宮神社31 大宮神社9 大宮神社10
左から「八坂神社」「出雲宮」「宮地嶽神社」です。
大宮神社13 大宮神社14 大宮神社15
そして、「足手荒神さん」「猿田彦大神」「高住神社」です。
大宮神社17 大宮神社19 大宮神社23
さらに、「菅原神社」「金刀比羅宮」「地主神社」です。(ふうっ)
大宮神社25 大宮神社28 大宮神社32
隣りの敷地にある「祖霊社」御神木「『実』がなる銀もくせい」、最後に「大宮神社」です。
他にも生目神社などもあるそうです。(見落としました・・・)

これだけの神社があると確かに便利ですね。
欲張りな感じさえします。
まあ、1つの神社で、「なんでもご利益があります」というよりは安心ですけどね。

でも、ここで一番圧巻だったのは、これ↓
大宮神社21

ずらりと並んだ「猿田彦大神石碑群」です。
九州一の数を誇るそうで、最も古いものは享保18年(1733年)の石碑だそうです。
写真には入りきれてませんが、あまりにも多いので、数える気にもなりません。
「猿田彦」は日本神話の中に登場する天孫降臨のときの道案内役の神様です。旅人の安全を守る神様として、各地に石碑が建てられたと聞いたことがあります。
(詳しくは知りません・・・)

山鹿市の指定文化財なんですが、「工芸」という位置付けとなっています。
石の芸術品として認められているのでしょうか。面白いですね。

大宮神社27

「燈籠殿」では、8月16日の例祭燈籠祭で奉納された山鹿燈籠を全て保存展示しています。御神宝「三十六歌仙絵馬額」もパネルで飾られています。
ただし入場料が必要です。(大人200円)

財布を車の中に忘れて来てしまいました。
取りに戻るのも面倒なので、中に入るのはまたの機会にしました。
(参拝もお賽銭なしで・・・すいません)

ここに来たら、大宮神社だけでなく、すべての神社(神様)への参拝に挑戦してみてください。
ご利益は間違いなし(?)ですね。

「大宮神社」には、立派な楼門があります。
大宮神社33

さて、問題です。
この天井にあるものは次のうちどれでしょうか。

①天孫降臨の画
②景行天皇伝説の再現画
③十二支と方位の画
④春夏秋冬の風景画
⑤鳥獣戯画
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ジンジャラー
2010 / 01 / 24 ( Sun )
突然ですが、私はプチ「マヨラー」です。
最近は、「ジンジャラー」という人たちが増えているようです。

ジンジャラーとは、
ジンジャー、つまりショウガ好きの人のこと。チューブ入りおろしショウガを持ち歩いて、食事のときはそのショウガを何にでもつけて食べる。マヨネーズ好きでいつもマヨネーズを食べ物に付けて食べる人を「マヨラー」ということのもじり。ショウガを付けて食べると身体がぽかぽかして冷え性対策になり、ダイエットにも役立つという。紅茶、カップ麺、肉まんなど、何にでも使用するジンジャラーは増えているようだ。このショウガ人気に対応して、企業の側も発泡酒やスープなどショウガ系商品を続々と出している。
(Yahoo!辞書より)


私もそうですが、「ジンジャラー」と聞いて「神社ラー」つまり、神社が好きな人(食べることはできませんが・・・)のことだと思った人も多いと思います。
おそらく“あなた”もそうでしょう。

紛らわしいので、「しょうがラー」にして欲しいものですね。

あと、似たような人に、七味や一味唐辛子を持ち歩いている人もいますね。
その人たちは、何と呼ぶのでしょうか。
熊本で言えば、「御飯の友」を常備している人も多いかもしれません。(トモラー?)

以上、夜中の思いつきネタでした。
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魅惑の【ヌレ観音】(合志市)
2010 / 01 / 21 ( Thu )
熊本市から山鹿市へ向かうときに通る県道35号線(熊本菊鹿線)の途中、熊本市と菊池市の間に位置する合志市(旧合志町と旧西合志町が合併)あたりに看板があります。

「ヌレ観音」

この道はこれまで100回以上通り、ずっと気になってました。
なんとなく惹かれる名前ですよね・・・
(北海道には「ぬれせんべい」というのがありますよね)

先日、思い切ってその看板で右折し、確かめてみることにしました。
しかし・・・どこにも見当たりません。

数日後、2回目の挑戦。
ウロウロして、見つけました。

「黒松古墳群」(合志市)の一つが「ヌレ観音」という名前でした。

ヌレ観音1

かなり案内看板が痛んでます。
ほとんど人も来ないのでしょう。

この辺り(黒松という地名)には、古墳が集まっていて、9基の円形古墳と3つの横穴群があります。
その中で、直径40メートル、高さ8メートルという最大の円形古墳(一号古墳)が「ヌレ観音」と呼ばれているそうです。
熊本県内にある円墳の中でも最大級という説明が書いてありました。
しかも未開口で、内部構造は不明らしいです。
県内最大級なのに調査されていないというのも不思議です。
ひょっとしたら、お宝が眠っているかもしれません。

人の気配が全くせず、ちょっと怖かったのですが、せっかくなので思い切って行ってみることに。

林の中にゆっくりと足を踏み入れ、目的地へ歩きます。
木々が揺れ、枝葉がこすれあう音が妙に大きく感じました。

ヌレ観音2

一応、誘導看板がありました。
こんなところで迷ったらたまりません。

ヌレ観音3

最初に辿り着いた古墳です。
小さい(低い)せいか、どの部分が古墳か分かりません。

ヌレ観音4

隣りの古墳の標木は、朽ちて倒れていました。

ヌレ観音5

↑これ?

ヌレ観音10

道は草も刈ってあり、歩きやすいんですが、一人はやっぱり心細いですね。

ヌレ観音12

5分ほど歩いたでしょうか。
目的の「ヌレ観音」に到着しました。

そこそこ大きい木(何の木かは分かりませんでした)が2本あり、その後ろに古墳があります。

ヌレ観音6

古墳自体は結構急斜面です。

そこで、とても驚いたことが・・・

なんと、人がいたんです。
バイクに乗ってここまで来ていたようです。
そして、古墳を見上げていました。

まさか人と会うなんて・・・想像していませんでした。
びっくりしました。

ヌレ観音7

「ヌレ観音」の説明板です。
いつの頃からか分からないけど、古墳の最上部に3体の観音様が祀られているそうです。
そして、祠もなく野ざらしで雨に濡れているので「ヌレ観音」と呼ばれています。
下からは全く見えません。

せっかくなので、そこにいた人に声を掛けました。

「こんにちは。上に登られました?」

すると、

「いや、登っていいものか分からないので・・・」

との返事。
向こうも私が来て驚いたことでしょう。
しかも、仕事の途中のスーツ姿だったので、取材か何かと思われたのかもしれません。
(それはそれでいいんですけどね)

どうやら、古墳を登るという行為は、あまり良くないと考えられているようです。
(人のお墓ですから)
なるほど、私はそんなこと思いもしませんでした。

せっかくここまで来て看板だけでは意味がありません。
古墳の急斜面をなんとか登ってみました。
(誰かが登ったような跡がわずかですがありました)

ヌレ観音9

見えてきました。
3体の「ヌレ観音」様です。

ヌレ観音8

古そうな石像の観音様が3体並んでいます。
ちょっと感動しました。

左端の観音様はカラダ部分がだいぶ無くなっています。
野ざらしなので風化も早いのかもしれません。

まずは、手を合わせ、登ってきたことへの非礼を詫びました。

この観音様は、顔の部分と胴体が別々に作られていて、はめ込んであります。
あまり見たことのないタイプの石像です。
だからといって、頭部分を抜いたりは決してしません。
それこそバチが当たります。

地域の人の信仰を集め、お祭りもあっているそうです。
表情がとっても優しく、地元の人たちを見守っている雰囲気をとても感じました。
(地元といっても結構離れているようですが・・・)

来て良かったです。
温かい気持ちになりました。

降りて、先ほどのバイクに乗って来た人に教えてあげようと思いましたが、すでにいませんでした。
私は“バチ当たりな奴”と思われたかもしてませんねえ。

せっかくなので、近くにある他の古墳も見てみました。

ヌレ観音11

「鬼塚」と呼ばれている四号古墳です。
確かにこれだけ大きい墓を見たら、鬼のお墓と思うかもしれません。

他にも「稲荷さん」と呼ばれる六号古墳などもありましたが、時間の都合と道が狭そうという理由で行きませんでした。きっとそこは稲荷神社でもあるのでしょうね。

しかし、とても良い石の観音様に出会えてので想像以上に満足しました。
古墳内部を調査しない理由も分かったような気がします。
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熊本のご当地グルメ
2010 / 01 / 20 ( Wed )
年に1回の県外出張でした。
福岡空港から飛行機で羽田空港~つくば市までの距離を“日帰り”という強行軍でした。
家を4時半発!

福岡空港で朝食。

九州のご当地グルメ

レストランの一つに、九州のご当地グルメが味わえるという企画が行われているお店がありました。

熊本は何かなあ?と見てみると、「阿蘇名物高菜ライス」でした。
県内各地域で“ご当地グルメ”への取り組みが盛んですが、昔ながらの定番が人気のようです。
(レストランなので仕入れる食材の問題もあるでしょう)

ちょっと目に留まったので、紹介してみました。
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熊本の食(バイキング) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
魅力満載!でも・・・【甲佐神社】(甲佐町)
2010 / 01 / 18 ( Mon )
甲佐町を通る国道443号より県道220号線に入り、緑川に沿って車を走らせると阿蘇四社の一つである「甲佐(こうさ)神社」が左手に見えます。
(途中、「鮎のやな場」を通ります)

甲佐神社1

宇城市三角町の「郡浦(こうのうら)神社」の記事のときに書きましたが、阿蘇四社は、「阿蘇神社」(阿蘇市)、「甲佐神社」(甲佐町)、「健軍神社」(熊本市)、「郡浦神社」(宇城市)の4つの神社です。
甲佐町のホームページには、「12世紀には阿蘇本社領の末社領となる」と書いてあったので、阿蘇氏が直接治めた領地だったということでしょう。
それだけ阿蘇神社との結びつきが強いということです。

甲佐神社2

鳥居の隣りにある由緒です。
難しい表現だし、下の方は薄くなっているし・・・誰もが分かるような由緒にしてほしいものです。
創建すら分かりません。
ネットでは、851年と出ていましたが、確かにその数字は見えます。

細かいことが分からないので、神社の雰囲気を味わうことにしました。

甲佐神社3

この石段は趣があります。
傾斜のある石積みがいいですね。

甲佐神社4 甲佐神社5

石燈篭です。

甲佐神社6

なかなか面白いデザインです。(上右写真のアップ)
仁王さんが担いでいるように見えます。
文政12年と刻まれていた(そう読めた)ので、1829年、約180年前ということになります。
すばらしい石工がいらっしゃったんですね。
(この時点で、由緒はどうでもよくなってます)

甲佐神社9

社殿も立派です。

甲佐神社8

社殿に掲げられていた「甲佐神社」の額です。「阿蘇惟友」と読めるので、おそらく阿蘇神社の宮司さん(90代)が書いたものでしょう。
阿蘇神社との結びつきが強いことがよく分かります。

甲佐神社10

甲佐神社が有名な理由の一つに、竹崎季長(たけざきすえなが)が「蒙古襲来絵詞」を奉納したことがあります。「蒙古襲来絵詞」とは、鎌倉時代の肥後国御家人竹崎季長が「文永・弘安の役(元寇)」の様子が絵と詞書に克明に記録された絵巻物です。(詳しくは→九州大学デジタル・アーカイブ
原本は、天皇へ献上され、現在宮内庁の所蔵となっています。

その解説と絵が社殿内にありました。
比較的新しいものです。(制作の様子も紹介してありました)
なぜここの神社に?と最初思いましたが、甲佐神社は鎌倉時代、現在の甲佐町、城南町、宇城市(松橋町、小川町)あたりを社領としていたことが関係あるようです。

甲佐神社13

境内には、竹崎季長にお告げした甲佐大明神が現れたという桜の木を再現した「願成桜」が植えられています。
まだ若い桜ですが、どのような花を咲かせるのか見てみたいですね。

社殿の隣りに、またもや興味深いものがありました。

甲佐神社11

古い石塔です。
お墓のようにも見えます。
囲ってある石柱には、「甲佐神社御陵・・・」と刻まれていました。
御陵ということは天皇家ゆかりのお墓???と思いましたが、これまた全く分かりませんでした。
ひょっとすると単なる供養塔かもしれません。
(再調査しなければ・・・ですね)

甲佐神社12

最後にこれ。
社殿のちょうど裏側にあたります。
長い木の箱に穴が開けられています。
私が思うに、これは鳥かごですね。
木の上ではなく、ここに巣を作って欲しいのでしょうか?
(あくまでも私の想像ですので・・・)

ということで、魅力が満載の「甲佐神社」でした。
ネットの情報では、「徳富蘇峰が書いた額がある」という説明もありました。

でも、その場ではよく分からないことだらけで、かなり消化不良でしたね。
ホームページを探しても、満足のいく情報は出てないし・・・。
まあ、それがいいのかもしれません(神社ってそういうところかも)が、どうもすっきりしません。

気持ちを切り替えて、次は「健軍神社」ですね。
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はじめてのマラソン
2010 / 01 / 14 ( Thu )
この度、元旦に引いたおみくじの「変わりなさい」というお告げ(?)もあって、何か新しいことをしようと思い、人生初のマラソン大会に出場することにしました。

↓これ
第15回あんずの丘マラソン大会1

第15回あんずの丘マラソン大会 です。
(3月21日開催)

ただし、マラソン大会といっても42.195kmのフルマラソンではありません。
私が出たら気を失ってしまいます。

初心者向けの3kmに出場することにしたのです。

第15回あんずの丘マラソン大会2

ちゃんと申込用紙にも記入しました。
(まだお金は振り込んでませんが)

これから、県内でもマラソン大会がいろいろ行われます。
地区の駅伝大会などもあるでしょう。

私のような運動なんて20年間していなかった人間でも参加しやすい、ハードルの低い大会はいいですね。
(本格的に走っている人にとっては物足りないでしょう)
この、あんずの丘マラソン大会は、親子で走る1.5kmコースというのもあります。
年々参加者が増えていて、今年から先着1600名と、初めて定員制にされたそうです。

少しずつ練習をして、最初から最後まで走り続けられるようにしたいですね。
(↑とっても低い目標のようだが、なかなか・・・)

メタボ解消と一石二鳥の「変わる」第1弾です。
がんばりたいと思います。(←宣言して自分を追い込まないとできないタイプ)
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熊本各地の粟嶋神社①~【粟島神社】(玉名市横島町)
2010 / 01 / 13 ( Wed )
元旦の三社参りで宇土市の「粟嶋神社」にお参りをしたことを書きました。
「粟嶋神社」には日本一のミニ鳥居があり、そして、県内各地にも粟嶋(粟島・淡島)神社があるということも・・・。

仕事の帰り道(荒尾市から熊本市へ)に、国道501号の玉名市横島町あたりを車で走っていると、「粟島神社」の看板を見つけました。
(記憶には少しあったのですが・・・)

夕方5時過ぎて、暗くなってきましたが、思い切って立ち寄ることにしました。
薄暗い神社って、ちょっと怖いんですよね。
しかも今日は朝から雪が降ったように寒い日なので、外を歩くと寂しさも一段と増すんです。

そんな心配をよそに、すぐに見つかりました。
民家を抜ける道沿いにありました。

粟島神社(玉名市横島町)1

確かに「粟島神社」です。
由緒等は書いてありませんでしたが、昭和59年に建てられた50年記念碑がありました。
ということは昭和9年に造られた比較的新しい神社です。(86年くらい?)

粟島神社(玉名市横島町)2

建物の中にミニ鳥居が2つありました。
木製の鳥居です。
(奥にも木製のモニュメントが・・・)
結構小さいです。
寸法は分かりませんが、これをくぐるのは大変そうです。

中には貼り紙が2枚。

粟島神社(玉名市横島町)3

1枚は、お参りする際に言う言葉でしょうか。

オンアノキリク
シラカガソワカ


呪文のようです。
どういう意味なんでしょうか。
さっぱり分かりません。
奇数回唱えることになっています。
ヘブライ語かもしれません。

さて、もう1枚の貼り紙は、「盗人様」と宛名が書いてありました。

(?)

神社仏閣の落慶は代々さわりがあると云われております。
願(わ)くば、日の当たる道を歩いてください。


とっても心やさしく戒めています。
どろうぼうは、子孫までバチが当たるということです。
地元の人たちが大切にしている神様にそんなことはしてはいけません。
昔そういうことがあったのでしょうね。

小さい神社でしたが、とても地元の人たちに愛されている(信仰を集めている)神様が祀られていると感じました。

↓ちなみに、トイレも完備していますよ。

粟島神社(玉名市横島町)4
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当たれば100万円!
2010 / 01 / 12 ( Tue )
山鹿市の国指定重要文化財の芝居小屋「八千代座」の100周年を記念して公募されているイメージキャラクターの賞金が100万円という話を少し前にしました。

いろんなところで記事を見かけ、いろんな人の「出そうかなあ~」を聞き、私も負けてはいられないとあれこれと考えていました。

応募が殺到することが予想される(賞金額が大きいので)ため、うまく当たれば100万円という“宝くじ感覚”で応募してみることにしました。
もちろん一定以上の技術力も必要でしょうが。

選ぶほうも大変なことが予想され、精神的に疲れた状況下では、ちょっと変わったキャラのほうが、その場のノリ(勢い)で採用されるのではと考えました。
ある程度脳に刺激を与えないと、「良い作品」と判断されないということも考えられます。

そこまで考えました。(冗談)

ちなみに私は絵がうまく描けませんので、仕上げは知り合いに頼みました。
なので当選したら揉めるかもしれません。

まあ、それはそれで良いでしょう。

結果発表後に、もしたら、ひがみとともに紹介するかもです。

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ため池百選一般投票中!
2010 / 01 / 11 ( Mon )
以前紹介しました農林水産省が取り組んでいる「ため池百選」が、現在一般投票中です。
インターネットでも投票できます。

「ため池百選」の概要については、農林水産省のホームページで見ることができます。

すごいマニアックな百選だと思うのですが、国の事業なので、結構影響力はあるでしょうね。
「ため池」と聞くと、その辺の田んぼの一角にある池というイメージがあるかもしれませんが、その種類はさまざま。

地域にとっての資源であるため池が、地域活性化の核として保全・活用される取り組みの機運を醸成するとともに、ため池の有する多様な役割と保全の必要性について国民の皆様のご理解とご協力を頂くための契機といたします。
(農林水産省のホームページより)

という理由からも分かるように、歴史があったり、公園として整備されていたり、有名な釣りスポットであったりもするのです。

ちなみに熊本の候補地は、

○大切畑ため池(西原村)
○浮島(嘉島町)
○湯之口ため池(蒲生の池)(山鹿市)
○萩尾ため池(宇城市)
○立岡池・花園池(宇土市)


の6ヶ所です。(兵庫県など20ヶ所以上候補地があるところも)
それぞれの詳しい説明もホームページ上にありますので、ぜひご覧ください。

http://www.maff.go.jp/j/nousin/bousai/tameike/t_tohyo/kyusyu_okinawa.html
(手抜きですいません・・・)

やはり、宇土市の「立岡池・花園池」がその中でも存在感がありますねえ。
「萩尾のため池」は意外な感じがします。
実は、以前の記事で、私なりに候補地を挙げたことがあります。→そのときの記事
そこで、挙げた中に「萩尾のため池」(菊池市/旧旭志村)と書いてしまったのですが、本当は「湯舟ため池」のことだったんです。(すいません・・・)
なので、変な想像もしてしまいますが・・・。

まあ、最終的にどこが選ばれるか分かりませんが、それでどうなるのかを見守りたいと思います。

投票したい人は、下のページからできますので、参加してみてください。

https://www.contact.maff.go.jp/maff/form/524d.html

※ちなみに私は「湯之口ため池(蒲生の池)」(山鹿市)に投票しました。
(「立岡池・花園池」は当確でしょうから・・・←勝手な想像です)
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ついに出ましたか・・・
2010 / 01 / 07 ( Thu )
ついに出ましたか・・・「ゆるキャラメル」

まあいいですけど。
キャラメルブームも過ぎているし・・・。

ただのつぶやきです。
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今年は元旦に三社参り【高橋稲荷神社・六殿宮・粟嶋神社】<後編>
2010 / 01 / 04 ( Mon )
というわけで、三社参りの後編をお届したいと思います。

熊本市となった旧富合町にある「六殿宮」は、国指定重要文化財の楼門があることで知られています。(が、私の母親は知りませんでした・・・)
でも、隣りにある「木原不動尊」のほうが有名のようです。

この楼門と、のんびりとした雰囲気が好きなので毎年参拝しています。

六殿宮の概略は下記の通りです。

木原六殿宮は、治承2年(1178)に、平重盛・武蔵の六孫王権現を歓請したと伝えられ、守富荘をおさめた木原氏の氏神だったらしい。
楼門は天文18年(1549)に宇土城主名和氏が建てたもので、屋根は入母屋造のかやぶき、その他巧みな手法と複雑な装飾は、室町時代の典型的な建築の様を示している。明治40年に国の重要文化財に指定された。
加藤清正は慶長5年(1600)9月、宇土城を攻撃したとき、木原を通り楼門が焼けていないところから、由緒ある神社が無事だったことを喜び、「当神社に対する軍勢の乱暴、放火、竹木伐採を禁じ、違犯者は厳罰に処す」旨の制札を慶長5年10月6日境内にたてさせた。今に残るこの制札は、たて36.7cm・よこ51cm・厚さ0.8cm、上部を山形に切り落とし、かすかに墨色をとどめる。
例年、10月9日の大祭で古式豊かな木原神楽と流鏑馬(やぶさめ)・馬追いが奉納される。

熊本市富合町合併特例区ホームページより)

六殿宮

大きな楼門ではありませんが、品格がありますね。
春になると桜が咲き、さらに美しい光景となります。

しかし・・・ここでも甘酒の販売は終了していました!
(うーん2連敗)

おみくじは引きませんでしたが、娘が絵馬を奉納しました。

六殿宮2

自分の名前と自分の姿を描いただけです。
神様に伝わるかどうか心配です。
(一応、おばあちゃんが家族の健康を願い書き足しました)

だんだん暗くなってきたので、次へと急ぎ移動。
最後の目的地である宇土市の「粟嶋神社」へ行きました。

粟嶋神社1

到着したときはだいぶ暗くなってきていて、神社の関係者の方が片づけをしている最中。
当然甘酒はありません。(なんと3連敗!)

「粟嶋神社」についての説明は、神社の公式サイトがあるので、そちらをご覧ください。
粟嶋神社公式サイト

ここはミニ鳥居で有名です。
くぐると様々なご利益があります。イメージとしては女性がくぐると子授けや安産、良縁などにご利益があると思っていました。
200年の歴史があるそうですが、日本一小さい鳥居というのは初めて知りました。
(鳥居の定義が知りたくなります・・・)

粟嶋神社2

娘は楽々通過。
おばあちゃんはなんとかくぐり抜けました。
嫁さんは参加拒否。

粟嶋神社3

これは合格祈願のミニ鳥居です。
受験生が多く訪れるそうです。
いろいろ考えますねえ。

ちょっと前の記事でも書きましたが、粟嶋神社には年間26万人もの人が参拝に訪れます。
特に毎年3月3日の大祭が賑わうようです。

↓おまけ
粟嶋神社4

駄菓子が数種類販売されていました。
写真は懐かしい「すずめのたまご」です。(「すずめ」と表記されていましたが)
よく見ると「撤饌 粟嶋神社」のシールが貼ってあります。

(どういう意味でしょう?)

最初は、「徹底して選んだ」と思いましたが違うようです。(漢字が違うし・・・)
「撤饌」とは、「神前の供物を下げること」と辞書には書いてあります。反対の言葉で「献饌」という「神前に物を供えること」というのがあります。
ということは、一旦神様にお供えしたもの下げて、我々がいただくということになります。
一般的にはお酒や魚、米などだったと思うのですが、時代の流れでしょうか、駄菓子など神社で販売されている食品に付けられることも多くなってきたのでしょう。

なので、ただの「すずめのたまご」とは違います。
ありがた~い「すずめのたまご」(ここでは「すずめ」です)なんですねえ。

三社参りの大きな楽しみの一つである“甘酒飲み比べ”ができなかったことは残念でしたが、無事お参りすることができたので、今年もきっと良い年になることでしょう。

ただ、未だに家の本棚の上には昨年買った高橋稲荷神社の破魔矢が飾ってあるんです。
(持っていくのを忘れてました)

それがちょっとだけ気がかりです・・・。
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今年は元旦に三社参り【高橋稲荷神社・六殿宮・粟嶋神社】<前編>
2010 / 01 / 03 ( Sun )
元旦は(寒かったですが)天気も良く、初詣日和でしたね。
今年も三社参りに行って参りました。
最近は、このブログのせいもあってか、必ず三社参らねばという気持ちになっているから不思議です。

昨年までは川尻神社に行ってましたが、転居したこともあり、今回は粟嶋神社(宇土市)に変更しました。
なので、高橋稲荷神社(熊本市)、六殿宮(熊本市富合町)を加えた三社に参りました。

実家を出発したのは午後4時過ぎ。
ちょっと遅めの出発でしたが、最初の高橋稲荷神社までは車で約10分くらい。
ただし、境内の駐車場に入れようとしたので参道で渋滞し、家族(嫁さん、娘、母親)を先に降ろして、私は30分ほど車の列に並んでいました。
(ちょっと離れた場所ならばすぐに停めれたんですが・・・これも家族のためです)

駐車場に停めたころには家族は参拝をすでに終えていました。

高橋稲荷神社1

高橋稲荷神社2

毎年ですが、朱に塗られた大きな建物は見事ですね。
とても稲荷っぽいです。

ちなみに高橋稲荷神社は、

明応5年(1496年)、隈本城の初代城主・鹿子木親員が支城として稲荷山山頂に上代城を築いた際、城内鎮守のため京都の稲荷神社から稲荷大明神を勧請したのに始まる。天文10年(1541年)上代城落城の際に稲荷神社も焼失した。
江戸時代に入り、熊本藩主細川氏の菩提寺である海蔵寺の首座・義本氏が夢で稲荷神社再興の啓示を受け、寛文元年(1661年)、現在地である稲荷山中腹に社殿を再建し遷座した。以降、熊本藩主細川氏の崇敬を受けた。明治維新の際に高橋稲荷神社に改称した。

(フリー百科事典「ウィキペディア」より)

創建からは514年、現在の地に再建されて349年になります。
上の解説では難しい点もあるので、もっと突っ込んで分かりやすく説明したいのですが・・・時間の都合上またの機会とさせていただきます。(←いつになるかなあ?)

ちょっと戻ります。

私は掛け足で階段を登り、3階部分にある社殿にお参りしてきました。
上り口には、恒例の「初午大祭」のポスターが貼ってありました。

初午ポスター

そのときの「福餅まき」に多くの人が殺到するんですよね。
今年は2月1日(月)に開催されます。
ポスターには何故か外国人力士の写真が・・・(把瑠都?ちょっと違う?)
台湾獅子舞も披露されるようです。

高橋稲荷神社3

社殿前には参拝者が並んでいました。(ちょっとビックリ)
家族の健康と商売繁盛と○×▲□を祈願した後、おみくじを買おうと売場に行きました。
最近はいろんな種類のおみくじがあるんですねえ。

・「血液型おみくじ」(血液型で選ぶおみくじ)
・「恋愛おみくじ」(特に恋愛について詳しく書いてある)
・「縁起おみくじ」(縁起もののお守りが付いている)
・「アイドルおみくじ」(水着アイドルの写真付きのおみくじ・・・って、そんなのありませんよ!)

私は普通の50円のおみくじを購入。
そして、また急いで駆け下りました。
途中にあるはずの、いつもの甘酒売場はもう片付けられた後でした・・・(ショック!)

おみくじ

ちなみに、今年は「中吉」でした!(娘が「私といっしょ~」と喜んでました)
昨年は「小吉」で、とてもいい1年だったので、今年はとても期待しますね。

ところで、商売繁盛の「改めて利益あり」ってどう解釈すればいいのでしょうか。
「改めると利益がある」という意味、つまり「何か変わりなさい」ということなのでしょうか。
それとも「更に利益がある」という意味なのでしょうか。
日本語って難しいですねえ。
もっとも、「更に」のほうは、これまで利益があったわけではないので、私には当てはまりません。(残念)

全体的に「変わりなさい」という内容のおみくじでした。
昨年とても流行ったせいか、その影響があるのでしょうか・・・。

ここでは甘酒にありつけなかったので、娘にせがまれて綿菓子(500円!)を買いました。
車中みんなで綿菓子を食べながら、次なる神社「六殿宮」へと向かいました。

(後編へつづく・・・)
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今日は元日!そして寅年スタートです。
2010 / 01 / 01 ( Fri )
あけましておめでとうございます。
今年は寅年ですね。

ということで、熊本では引っ張りだこの“宇土張子の虎”をアップしてみました。
宇土張子の虎

↑動く張子を見ることができます。

本年もよろしくお願い申し上げます。
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